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ビジネス上私が強く考えること

これらの考えはまだラフなものであり、アカデミックな研究レベルには 達していません。それでもこのコラムを読んでくださる読者の方々に感謝します。 私としては、これらの理解が将来の良い研究の芽になることを期待して書いています。

自分の専門である数値的なアルゴリズムからは少し離れますが、 私はPOSデータのような大量の経済データに対して、人間の基本的・精神的な判断過程が どのように現れているかということにも関心を持っています。 大量の経済データに対しては、私たち統計学者は予測精度が十分に担保された予測モデルを前提として 利益を最大化する施策を設計することのほうに重きを置いています。 しかしながら、実はなぜそのような利益最大化が可能になっているのか についても私たちは注意を払うべきなのです。 なぜ、しばしば有り難いことに、ある種のお客様は私たち (注: 読者の皆様の会社のことだと思って読み替えてください)の高付加価値商品 -そのような商品はしばしば原価の高さ以上に高いマージンが乗っていることが多い- を買ってくださるのでしょうか? なぜ、そのお客様は似たような特性を持つ競合他社の製品を選ばないのでしょうか? そのような商品選択の理由を、ブランドや製品の強さだけに求めるのは危険な判断です。 たとえば、選択理由が本当に単に競合他社の製品の存在を知らないだけだったとしたら、 私たちのビジネスはとても脆弱なものです。つまり、お客様は安い競合製品の存在を知った途端に そちらに乗り換えてしまう危険性が高いからです。 あるいは、企業の中の人がまったく想像しなかったような、想定外の選択理由があるのかもしれません。 特定の個人のお客様にとっては、購入された製品のほんの小さな機能や特性がすごく重要で、 実は強力な差別化要因になっているのかもしれません。そしてその重要性はお客様独自の使い方に 深く依存しているため、マーケターの側がまったく推測できないものだったりします。 独自の目的という点では、私達IBMのお客様のように、企業がお客様の場合は 業務上の制約が購買・投資上の意志決定に大きく影響しています。 いずれにせよ、お客様は自分たち独自の価値観・判断基準に基づいて製品・サービスを選ぶのです。 その価値観とは何であるかを理解し説明できることはすべてのビジネスにおいて、 依然として大きな挑戦です。

学術的な先行研究を見ますと、人間がリスクを判断するときの ヒューリスティクスを知ることがそれぞれのお客様によって異なる価値観を理解する上で重要だとわかります。 企業が個々人のお客様の価値観を完全には理解できずしばしば誤った予測をしているように、 お客様もまた、私たちの製品やサービスが自分にもたらす便益について不確実な予測をしています。 いかなるお客様にとっても、自分の目的にもっともあった製品・サービスを購買前に完全に特定する のは不可能なのです。多くの顧客満足度は事後的な製品・サービスの評価によってもたらされています。 これゆえに、個人のリスク選考が製品・サービスを選ぶための価値観・判断基準に強く影響していると言うことができます。 加えましておそらくは、企業顧客のお客様の購買判断は、個人家計のお客様のそれよりもリスクに敏感だと考えられます。 興味深いことに、心理学の研究で、そのようなリスク判断基準が不可思議な認知バイアスを 受けていることがわかってきました(例: プロスペクト理論 (Kahneman & Tversky, 1979))。 そのような心理モデルを応用した行動経済学は、 ビジネスの現場とアカデミアの両方で近年のホット・トピックになっています。 人間は、計量経済学者が厳密なシミュレーションのもとに判断するようなやり方とは全く違うリスク評価の仕方を しているため、マーケターや開発担当者は高付加価値製品を設計することが可能になっています。 その際には、優先度の高い特性や機能に開発費をつぎ込みつつ、重要でない機能に対しては予算を削減します。 企業の担当者が特定の機能の品質の低さを心配していても、実はある種のお客様にとってはそれはどうでも良いことで、 値段や他の機能のほうが主要関心事になっている可能性もあるわけです。

リスクに対する選考というのは、ある領域での利得と別の領域での損失の間のトレード・オフに対する嗜好と関係します。 たとえば、製品の特定の機能に対して対価を払ってでも高品質を要求するのは、リスク回避的な行動といえます。 つまり、その機能の故障などによるトラブルを避けるために保険をかけるわけです。反対の行動として、 他の機能が低品質なときに低価格によって妥協するのはリスクを好む行動といえます。 お客様からの膨大な要求にしばしば疲れ果てている企業の方は、 お客様はトレード・オフなど考えず全ての機能や側面に高品質を望んでいる、と言うかもしれません。 しかしそのような多くの要求がある場合、多方面にわたって高品質・ある種過剰品質な製品・サービスというのは 基本的にとても高くせざるを得ません。このとき、お客様は(全ての側面を合計した)品質と 価格という2次元のトレード・オフにさらされることになります。 高価だが極めて価値の高い製品・サービスをお客様がいつも買ってくださるならば、 企業にとってこんなに嬉しいことはありません。しかし現実には、全ての側面で高品質を要求してきたお客様は、 しばしば中価格・中品質の商品を買ったりすることがあります。 更には、極めてシンプルな意志決定である「何も買わない」を選択することも多いのです。 この観測結果に基づきますと、お客様は内面的に複数の選択肢の便益を、 やはり価格と品質のトレード・オフに基づいて評価したものとみなすことができます。 その選択肢とは高価格高品質、中価格中品質、低価格低品質と、 そして「何も買わない」(少なくとも金銭的な損失は一番少ない)です。 優れた企業家は、お客様に価格対品質のトレード・オフを積極的に提示していくことが重要だと知っています。 価格対品質のトレード・オフが存在するように設計された製品ポートフォリオに対しては、 全てのお客様は自分自身の価値観に従って自然にセグメントされ、 しかもどのセグメントにおいても顧客満足度を上げることが可能なのです。 ここで、不可思議な認知バイアスがどのようにトレード・オフのある選択肢の評価基準に影響するかについても、 優れた心理学研究が存在しています (例: similarity effect (Tversky, 1972), attraction effect (Huber, Payne & Puto, 1982), and compromise effect(Simonson, 1989))。

これは私個人の考えに過ぎませんが、本当に個々人依存の価値観を汲み取ってマーケティング施策に反映するためには、 私たちが研究しているような大量データを処理するアルゴリズムに、人間の認知モデルを統合する必要があると思います。 根源的な心理学研究はとても面白く、たくさんの定性的なアプローチを示唆してくれるのですが (たとえばプロスペクト理論における獲得局面の凹型効用関数と損失局面の凸型効用関数は、 航空会社のマイレージのようなポイントは小刻みにして何度も与え、 逆に金銭的なロスを伴う買い物についてはクロスセルでいっぺんに売ってしまうほうが 営業効率が良いことを教えてくれます。)、 現段階の研究成果では、やたらたくさんある商品の全てについてそれぞれいくらの価格を 時系列的につけると最大の利益が得られるのか、といった実務時にすぐ必要な解がわかりません。 多商品を売るオンライン・ストアの商品価格設定のような問題においては、 心理学はとりあえず忘れて、価格と需要の関係について私たちの使っているような多次元の回帰分析を 適用するほうがずっと現実的です。 私の理解の範囲では、大量のデータ解析に対してうまく認知モデルを統合するという試みの 確立された方法論は現在のところ登場していないように思います。 将来的には、認知上の価値と開発製造にかかるコストとのギャップが高い領域を標準的に見つける方法論が確立し、 おそらく多くの企業がこれによって長期間高い利益を上げられるようになるでしょう (みなが同じ方法論を採用しはじめてマージンが減るという可能性も、もちろん高いですが)。 そのギャップの発見には、石ころの山からダイヤモンドだけを取り出すような形で、 大量の経済データが使われる可能性があります。 ギャップを見つける上で実用的にどのようなマイニング・アルゴリズムを設計したら良いのか、 それは私を含む多くの研究者が解くべき課題だと思っています。

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