|
 |
違法コピーやデータの改竄(かいざん)を容易に許すデジタル・コンテンツは、e-ビジネスを展開するうえでの大きな妨げとなってきた。しかし、電子透かし技術の普及によって、事態は大きく改善されつつある。IBM東京基礎研究所(TRL)が開発した電子透かし技術「DataHidingTM」は、コンテンツの高品質を維持しながら耐性、信頼性、安全性を実現し、さまざまな状況に柔軟に対応できる完成度の高いソリューションとなっている。いよいよ本格化するブロードバンド時代に向けて、DataHidingの果たすべき役割は大きい。
|
|
この記事は、日本アイ・ビー・エム鰍ェ発行するIBMユーザー研究会の会員誌『IBM USERS』の4月号に掲載された内容を、TRLが再編集したものです。
|
 |
|
デジタル・コンテンツの違法コピーやダウンロードに対応
|
 |
イメージ、動画、音楽、音声などのコンテンツがデジタル化され、インターネット上でのやり取りを一気に推し進めた。目下、急速に進むブロードバンド化によって、その動きはさらに加速されるだろう。
その一方で、コンテンツのデジタル化やインターネットの普及は違法コピーやダウンロードに道を開くこととなり、作曲者や作者、業界の権利を侵害するだけでなく収入確保も妨げるようになった。例えば、1988年から95年までの間にCDの売上は著しい伸びを示したが、最近では音楽業界全体の収入が減少傾向にある。そこでレコード会社は、インターネット上で音楽配信を行なう場合に違法コピーなどを許さない高い安全性を持った音楽管理の枠組みの確立を、家電メーカーと情報技術業界に求めている。
このようななか、JASRAC(日本音楽著作権協会)は2001年10月19日、音楽に付加する電子透かし技術の実験評価プロジェクト「STEP2001」の結果を発表し、「利用可能な技術水準をクリアする企業」としてIBMほか1社、「利用可能な技術水準のクリアが見込まれる企業」として2社を認定した。
「STEP」(by Society,Technical Evaluation for Promoting practical utilization of digital watermark)は、各IT企業が保有する電子透かし技術の有効性を評価し、コンテンツ流通業者による利用を促進させることを目的に2000年に開始された。IBMは、初年度の「STEP2000」においても「推奨できる技術を保有している企業」として評価された5社の1社に選定されている。
音楽コンテンツの著作権侵害に対して、JASRACでは「コンテンツの内部に情報(IDデータ)を仕込んで管理し、流通事業者にとって安全なマーケットを形成する」とし、IDデータを追跡する監視機能や認証機能の開発にも着手している。
 |
|
STEP2001で高い評価を得たTRLのオーディオ電子透かし技術
|
 |
電子透かし技術は、デジタル・コンテンツに、非可視、非可聴な状態でコピー防止信号やIDデータを埋め込む技術だ。データ領域の全体にIDデータを挿入することによって、ID除去を防止したり改竄(かいざん)の検出をする。しかし同時に、音楽に埋め込んだ場合、音質の低下や、利用時のIDデータ消去手続きをどうするかといった技術的な課題も出てくる。JASRACでは、「音質の低下が著しく小さく、利用のためのさまざまな処理を経ても検出できる耐性。さらに、透かし情報の挿入・抽出が短時間に終了し、透かし情報の上に別の透かし情報を書き込まれた場合でも同一のソフトで抽出・管理ができること」を技術の要件としている。
今回の「STEP2001」評価テストでは、@音楽利用のためのデータ変換などの処理を経ても透かしデータが抽出できるか(耐性試験)、A透かしデータを挿入した音楽を再生しても透かしデータが挿入されていることに気づかれないか(音質試験)の2点について評価した。その結果について、TRLでオーディオ分野の電子透かし技術を担当する立花隆輝副主任研究員は、次のように語る。
「耐性に関して、デジタル→アナログ変換、ステレオ→モノラル変換、MP3/MPEG2/Windows® Media Audioなどのデータ圧縮など22項目に関してテストされましたが、わたしたちの技術がトップの評価をいただきました。
音質に関しても、レコーディング業界で"Golden Ear""Silver Ear"と呼ばれる鋭敏な聴覚をもつプロ4人が、透かしが挿入されている音楽と挿入されていない音楽を聴き比べても音の変化を認識できる割合が著しく低いということで、IBMは『利用可能な技術水準をクリアする企業』と認定していただきました」
 |
|
デジタル世界への洞察力が生んだDataHiding
|
 |
 |
 |
|
可視可逆電子透かしを入れる前の静止画像(上)と、入れた後の静止画像(下)
|
TRLでは、1996年からDataHidingの研究開発を開始し、デジタル・コンテンツの著作権管理のためのさまざまなソリューションを提供してきた。TRLにおけるDataHidingに対する取り組みについて、森本典繁モバイル・アンド・コンテンツ・テクノロジー・グループリーダーに説明してもらった。
「DataHidingは、電子透かし技術をベースにした製品、ソリューション、サービスにおけるIBMの登録商標です。DataHidingによって静止画、ビデオ、オーディオのデータの中に非可視・非可聴の情報を埋め込むことができます。埋め込まれた情報は、フォーマット変換、信号処理、不可逆圧縮、アナログ伝送後のデータからも検出が可能です。埋め込まれた情報を検出することで、著作権保護、データ改竄や不正コピーの防止が可能です。コンテンツの品質を維持したまま、高い耐性と信頼性、そして安全性を実現するTRLのDataHidingは、すでに完成された技術水準に達しています。STEP2000/2001のIBMに対する高い評価は、マルチメディア・コンテンツを巡る状況が、ようやくわたしたちのテクノロジーに追いついたと言ってもいいのではないでしょうか」
電子透かし技術に取り組んでいる企業はIBMだけではない。しかし、インターネットの爆発的な普及が始まった1996年にすでにDataHidingの研究開発をスタートさせたIBMの技術は、やはり他より抜きん出ている。どこが違うのか─。蓄積が違う、スキルが違う、完成度が違う。そして、何よりもインターネットがもたらしたデジタル世界に対する洞察が違う。それがあったからこそ早い時期に電子透かし技術の必要性と重要性を見抜くことができたのだ。
 |
|
4タイプのフレームワーク
|
 |
電子透かし技術のアプリケーションは、次の4タイプのフレームワークに分けることができる。
[1]モニタリング
放送されるデジタル・コンテンツから、コンテンツIDや所有者の情報など特定の情報を抽出する。抽出されたコンテンツIDは、個々のコンテンツに対応したメタデータが保存されたデータベースにリンクするのに使える。コンテンツ自身の特定の他、例えば、TV番組編集の補助的情報として利用することもできる。その場合、コンテンツIDをシーンの変わり目やカテゴリーの違いの判別、使用許諾の確認の警告などにも利用できる。
このモニタリングのフレームワークは、ラジオで放送される音楽やその他の音声の放送頻度などのチェックに利用できる。つまり、電子透かしを使えば音楽が放送された回数や時間を特定して、著作権にかかわる収入を作曲者らに正確に還元することが可能になる。これまでこの作業は人手で行なわれていたため、多大な労力がかかっていた。
[2]違法コンテンツの監視
Webサイト上のコンテンツを監視・監査し、違法コピーが発見された場合、それを取り除くよう警告を発したり、著作権侵害で告訴できる。また、トラッキング用ユーザーIDをコンテンツ内に各配信毎に埋め込むことにより、コンテンツの流出経路を特定することも可能となる。ただし、この方法はプライバシーの侵害につながる恐れがあるため、B2Cでの運用には注意が必要だ。
このフレームワークは、違法コンテンツを早期に発見し、商業的な損害が拡大する前に処置を施すことにも適用されるが、大規模な企業内ネットワーク内の違法コンテンツを発見して除去するような「ネットワークの掃除」のような用途にも利用が可能である。
[3]コントロール/フィルター
TRLは1996年、世界で初めて電子透かしを利用したDVDのコピー保護のフレームワークをDVD CPTWG(Copy Protection Technical Working Group)に提案した。この方法では、コンテンツに「コピー禁止」もしくは「1度のみコピー可」、「コピー可能」などのコピー・コントロール情報を非可視の透かしで埋め込む。DVDレコーダーは信号を検出すると、その条件によって自動的に再生やコピー、データ転送などを停止する。
このフレームワークは消費者環境で使用される機器を対象としているので、電子透かし自体に高い信頼性があることと、電子透かし技術が標準として採用されることが必要である。
[4]証拠
証拠フレームワークは、デジタル写真やスキャンされた文書の一貫性や発行元を確かめるために、非可視の情報を埋め込む仕組みである。埋め込まれた情報は、ファイルのフォーマットの変更後でも検出可能だ。また、デジタル写真の改竄を検出できる透かし技術もある。この技術を「改竄検出のための電子透かし」と呼ぶ。TRLのこの電子透かし技術は、非可視の情報をJPEGで圧縮された画像に直接埋め込むことができる。また、JPEGで圧縮されたままの画像でも展開された画像でも、改竄があればその場所を特定することができる。
"電子透かし技術"と聞くと、紙幣や切手にある透かしのように単純で簡単なものと思いがちだ。しかし、電子透かし技術の世界はインターネットの本質に関わる領域だけに、実に奥が深い。
 |
|
次世代ブロードバンド時代を強く支えるテクノロジー
|
 |
2002年2月に開催された「IBMフォーラム2002」では、静止画像に対する透かし情報の埋め込み/除去などのデモンストレーションが行なわれ、これまで改竄やコピーに弱いとされてきたデジタル・データが十分な信頼性、耐性、安全性の水準に達していることを実感させた。画像分野のDataHidingを担当する上條浩一氏は、現状を次のように語る。
「さまざまな形態の画像情報が実際のビジネスに利用されるブロードバンドの時代では、十分なセキュリティー対策が必要となります。例えば、保険会社が自動車事故の査定を迅速に処理するため、現場でデジタル・カメラで撮影したイメージをインターネットで送信するといったケースが増大すると考えられます。そのようなとき、何者かが事故の程度を偽るため画像を改竄するようなことを抑止するうえで、DataHidingが重要な役割を果たします。
インターネットおよびデジタルの世界では、データのオリジナル性を維持・同定することが困難だとされてきましたが、DataHidingによって、それはほぼ完全に近い形で確保できるようになりました。わたしたちのDataHidingは、これからのブロードバンド・ビジネスを推進する大きな力となると考えています」
DataHidingは、すでにさまざまな形で活用されている。
■2001年6月に発売された「ホームページ・ビルダーTM バージョン6」や「デジカメの達人® バージョン3」には、DataHidingによる静止画像用の可視可逆電子透かし*1ユーティリティー「デジすたマーカーTM」が、11月に発売された「ホームページ・ビルダー バージョン6.5 with HotMedia®」には非可視電子透かしユーティリティー「デジすたマーカー2」がそれぞれ添付されている。
■「TAO」(総務省の認可法人の通信・放送機構)の委託で、TRLの音楽用電子透かしを使った放送モニタリング実証実験が行なわれ、2001年に報告書を提出した。2002年には同実証実験の継承に加え、動画の電子透かしを用いた映像の放送モニタリング実証実験も行なわれている。
■静止画像&ビデオ用電子透かしが、財団法人コンピューター教育センター(CEC)のサイトの教育用画像素材等のアーカイブで実際に使用されている。
■Electronic Music Management System(EMMS)では、TRLで研究・開発された電子透かし技術が採用されている。この技術により、レコード会社やスタジオはデジタル・オーディオ・データに非可聴な電子透かしを埋め込むことができる。
TRLは、消費者市場に物理的・電子的に配信されたコンテンツのコピー保護に関する多様なフレームワークを提案している。それらは間違いなく、次世代ブロードバンド時代を強く支えるテクノロジーだといえる。
*1可視可逆電子透かし…目に見えて、特定の鍵でのみ取り除くことのできる電子透かし

森本典繁(もりもと・のりしげ)
日本アイ・ビー・エム 東京基礎研究所 モバイル アンド コンテンツ テクノロジー グループリーダー。1987年入社。複数のDataHiding(電子透かし)の研究開発プロジェクト、電子コンテンツの著作権保護関連技術、モバイル・ユーザーのためのサービス・プラットホームの研究等に従事。
立花隆輝(たちばな・りゅうき)
日本アイ・ビー・エム 東京基礎研究所 副主任研究員。1998年入社。一貫して音楽電子透かしの研究に従事。
|  |
 | |
上條浩一(かみじょう・こういち)
日本アイ・ビー・エム 東京基礎研究所 主任研究員。1985年入社。ThinkPadの開発等を経て、1997年から東京基礎研究所にて、DataHidingの研究に従事。
|
■関連ホームページ
東京基礎研究所(TRL) の 『データハイディング』
http://www.trl.ibm.com/projects/RightsManagement/datahiding/
Back to top
|